押されたら押し返せ(Push back)

【ホテル総支配人のブログ 第61話】

「押されたら押し返せ」

これも外国人の上司から頂いた貴重なアドバイスである。外国人や日本人に限らず、組織で働いていると色々な依頼が自分のもとに飛んでくる。例えば「〇〇をいつまでにやってくれ」「価格戦略はこうしろ」などという指示が来る。もしそれが、自分にとって受け入れられるものであれば良いが、そうでない場合は「押し返す(Push back)」必要がある。それは上司だと気が引けるが、それでもやらなければならない時がある。

やり方としては「これは出来ません。なぜなら〇〇だからです」と主張するのが良い。但し、「〇〇」の部分はファクト(客観的な事実)に基づいていなければならない。そうでなければ、あなたがただ「やりたくない」のだと受け取られてしまうし、何の説得力も持たないからだ。

仕事を選り好みしろという意味ではなく、出来ないことや理不尽なことを押し付けられそうな場合は、力づくで押し返してみよう。

 

ホテルのポジショニングを意識しろ

【ホテル総支配人のブログ 第60話】

「ホテルのポジショニングを意識しろ」

ホテルを運営するにあたり、市場内における自社のポジションを意識することが重要である。これは例えば、サッカーの場合は選手のポジショニング、株取引の場合はポートフォリオの変更などと同じ考え方で、自分自身をマーケット内のどこに「意図的に位置付けるか」という戦略的なポジショニングのことである。

ポジショニングの分かりやすい例としては、ホテルの価格戦略が挙げられる。同一市場内のどの価格帯に自社を置くかを考える場合、例えばラグジュアリーなAホテルと、低価格帯のBホテルの中間あたりに価格設定をしようなどと考えたりする。また、シーズンによって価格戦略のポジショニングを変更することもある。私が勤務していたホテルでは、ウィンターシーズンのピークである12月から2月までは強気の価格戦略にし、雪質の悪くなる3月には競合他社の中で最も安い価格に変更するというドラスチックな価格戦略を採っていた。同じ競合相手でも、シーズンによって価格戦略を変更することもあり得るのである。

しかも、競合ホテルのポジショニングは刻一刻と変化するので、それに合わせて自社のポジショニングも変えていかなければならない。私たちは、毎週のセールスミーティングで、向こう一年分の販売価格を全てチェックし、競合他社と比較して自社の価格が適正かどうかを常にチェックしていた。これは相手からの「問いかけ」のようなもので、常にフィールド内の他社の位置を確認し、その中で自分が有利に振る舞えるポジションを探して戦うことが大切である。

総支配人の職を離れる

【ホテル総支配人のブログ 第59話】

「総支配人の職を離れる」

私は3月31日付で、長年勤務していたホテルを退職し、現在は求職中の身分となった。これまでのブログは、自分が総支配人として学んだことを備忘録として書き殴ってみた。これが、少しでもどなたかのお役に立てばと願っている。自分が学んだことはある程度のことは書き終えたし、今後は自分の経験していないことを知ったかぶりをして書くつもりもない。しばらくの間は、少しコンセプトから外れても、自分の考えることや感じたことを書き残しておこうと思う。

次の転職先を見つける必要があるが、それまでは少しペースを落として生活をしてみる。読みかけの本が山ほどあるのでそれを読んでみたり、家の片付け、株の勉強、英語の勉強、運動、スポーツ観戦など、とりあえずこれまで出来なかったことを楽しむつもりである。

先日、たまたま競合ホテルの総支配人からも労いの言葉を頂か機会があった。突然の退職ということもあり、地域の皆様にもご心配をかけてしまったかもしれない。ちなみにその方も、キャリアの半ばで1年以上も無職の時期を経験したことがあるとのことだった。奥さんや子供がいる中での求職活動という点でも、今の自分の境遇と似ている。その方からお話を聞くと、その期間中は無職であっても、毎日ジャケットを着て外出していたそうだ。子供が家にいる手前、家にいるのが気まずかったのかもしれないが、何より奥様がそのように旦那を仕向けたとのことだった。その奥様はとても肝が座った方だと思う。自分の妻にもこの話をしたら、「それは奥さんが凄い」と言っていた。私も同感である。しかもそのGMは、その就職浪人期間が「人生にとって一番良い時期だった」と仰っていた。恐らく、自分自身を見つめ直す良い機会となったのだろう。

私はとにかく仕事を離れたのだから、当面は仕事を探しながら、これまで出来なかったことをしていこうと思っている。少しだけ充電をして、また復帰に向けた準備をしていこう。

ホテルの成長過程と成功について

【ホテル総支配人のブログ 第58話】

「ホテルにとっての成功とは何か?」

本日はこのテーマについて考えてみる。ホテルにとっての成功とは何か。

超短期的に見れば、それはホテルを利用するお客様がサービスに満足してお帰りになることである。お客様はホテルでのご滞在中に何も問題なくお過ごし頂けたか、あるいは何かしらの問題を経験したとしても、ホテル側の働きかけがあったお陰で、問題が解消されて満足をしてお帰りになったか。そして、そのお客様は口コミに好印象なコメントを残したり、知人や友人に自分が泊まったホテルのことを紹介して下さったか。このような質問に対する答えが「Yes」ならば、超短期的な成功は達成したと言える。

次の段階の成功は、リピーターを含む顧客層が厚くなり、その結果としてホテルの経営状況が安定することである。この段階になると、まずスタッフの練度も上がるし、何よりホテルとしてはスタッフを長期的に雇用できるようになる。また、資金的にも余裕が出てくるため、営業やマーケティング活動に使えるお金が確保できるようになる。そうすると、新たな新規顧客を呼び込んだり、より魅力的なサービスを提供するという好循環を生み出せるようになる。これが次の段階の成功である。

そうこうするうちに、ホテルは成熟期に入る。この段階での成功とは、顧客の新規獲得やリピート顧客の獲得などと並行して、ホテルのリノベーションや修繕をしっかりと行えるホテルになることである。さらにこの段階になると、人事面ではスタッフの自然な形での新陳代謝が始まり、無理のない形でスタッフの交代が行われていく。サービスレベルは維持されつつも、スタッフの交代が滞りなく進められていく。ここまでが、成熟期のホテルの成功だと私は考える。

そして最後は、歴史的価値のある建物と、レジェンド級のスタッフが揃う老舗のホテルになる。このようなホテルでは、サービスレベルと建物の歴史や威厳、そしてブランドが一致している状態となる。ここまで行くことが出来れば、ホテルとしては大成功と言えるだろうが、そこまで辿り着けるホテルは稀である。私も経験はそれほど多くはないが、数十年という歴史のあるホテルに入ると、とても厳かな気持ちになることがある。そのようなホテルでは、スタッフの振る舞いはスタイリッシュで、誇り高い感じがする。また、建物自体は古いが、しっかりとメンテナンスが行き届いていて立派な佇まいである。この段階が、ホテルの最終的な成功ステージではないだろうか。

以上のように、ホテルの成功にはいくつかのステージがある。そして、ホテルの責任者は、それぞれのホテルの成長段階を把握した上で、ホテルを成功に導くのが責務であると私は考える。

日々の仕事の中で勘を養う

【ホテル総支配人のブログ 第57話】

「日々の仕事の中で勘を養う」

これはどの職業にも当てはまることかもしれないが、日々の仕事の中で、職業人としての感覚や勘を研ぎ澄ますことが大切である。これは何も、私が総支配人として最もらしく言うべきことではないが、念のためここに記しておく。

勘を養うためには、何も特別なことをする必要はない。私の場合は、出勤前にホテルの周囲を歩いてゴミが落ちていないかをチェックすること、館内の廊下を歩いて清掃状況をチェックすること、清掃員や業者の方と話して問題点を確認すること、スタッフの話し方や態度からストレス状況を把握すること、オフィスが片付けられているかを確認すること、各部署のEメールの受信トレイを見てスタッフの忙しさを把握すること、送信メールをスポットチェックして言葉遣いをチェックすることなど、小さな部分を定点観測するだけで十分である。それだけでも、ホテルの「雰囲気」というか「気の流れ」のようなものが分かる。

これは小さなことかもしれないが、ホテル運営が変な方向に大きくズレていかないために、そして早めに軌道修正をするために大切なことだと思う。

とりあえず自前でやってみよう(DIY精神)

【ホテル総支配人のブログ 第56話】

「お金がないから、とりあえず自前でやってみよう」

私たちのホテルでは、利用可能なリソースが非常に限られているため、とにかく自分たちで何でもやらなくてはならない。特にコロナ禍では、ホテル自体が生き残ることで精一杯だったので、全ての予算をギリギリまで削っていた。そういう環境では、お金がないから知恵を使って乗り切るしかない。

例えば、我々のホテルにはマーケティングチームがなく、さらに予算もほぼゼロのため、SNSの運用は私がほぼ一人で担当しなければならなかった。このような厳しい環境では、人は強くならざるを得ない。私も最初は、動画の作り方や編集方法など一切分からなかったので、YouTubeを観ながら独学で映像作成について学んでいった。そのおかげで、今ではプロのレベルまでは達していないものの、人様にお見せ出来るレベルの動画を作成することが出来るようになった。

その他にも、我々のホテルにはエンジニアのチームがない。そのため、例えば客室のドアの調子が悪かったり、キッチンのスライドドアがしっかり閉まらないなどの問題が発生した時には、とりあえず自分が調査をしに行がなければならない。そして問題の原因を自分なりに把握し、部品の交換が必要であればその部品の型番を調べ、そしてオンラインで購入して自分たちで修理をする。とりあえずやってみることを繰り返した結果、自分のエンジニアリングスキルはかなり向上した。

皆さんにとって「とりあえず」という言葉はネガティブなイメージを持つ言葉かもしれないが、私はこの「とりあえず」という言葉が好きである。何か問題があれば「とりあえず」自分が見に行く。挑戦しなければならないことがあれば、「とりあえず」自分でやってみる。私たちのホテルは山奥にあるので、外部の業者を呼ぶには時間がかかり過ぎる。そのため、まずは自分たちで出来る方法を探してみるという習慣が身に付いてしまった。

私が総支配人として学んだことの一つは、何でも「とりあえず自分でやってみる精神(DIY精神)」であり、この姿勢をいつも忘れずにいようと思う。このDIY精神があると、将来的にその仕事を外注しようとした場合、見積もり金額が適正かどうかを自分で判断する材料にもなるので便利である。その意味でも「なんでも一度は自分でやってみる」というアプローチが重要だと思う。

GMとのネットワークを大切にすべし

【ホテル総支配人のブログ 第55話】

「近隣のGMとのネットワークを大切にすべし」

これは私が小さなリゾート地で働いているからかもしれないが、例え競合他社であったとしても、近隣のGMとのネットワークは大切にした方が良いと思っている。その理由としては、大きく二つある。

まず一つ目は、ホテル運営に関する情報交換のためである。例えば私たちのリゾート地では、今月の実績や売り上げのフォーキャスト、コロナに対するホテルとしての対応、採用候補者のリファレンスチェック、ホテルのオペレーション上の問題など、とにかく様々なことをオープンに話してくれる総支配人が多い。もちろん情報はギブアンドテイクなので、こちらからも必要な情報は出すようにしている。当然、企業のポリシーによって公開できない情報もあるだろうが、それ以外の情報を共有することで、市場内での「自社の立ち位置」を常に確認しておくことが大切である。これらの情報は、現場レベルで留め、本社と共有する必要のないものかもしれないが、少なくとも現場のトップとしては常にアンテナを張り巡らせておくべきである。

二つ目の理由は、一人の人間としての悩み相談であり、私にとってはこちらの方が大きな意味を持っている。ホテルの総支配人は現場の責任者という立場上、悩みを正直に話せる人間が組織内にいない場合が多く、しかも部下からは総支配人の抱える問題はなかなか分からない。そのような時に相談相手となってくれるのが、やはり同じく重責を担っている競合の総支配人なのである。私はいつも近隣の総支配人にアポを取り、色々なことに関してアドバイスを頂いてきた。例えば、部署長のマネジメントやコミュニケーション方法、自己管理方法、本社やオーナーとの関わり方など、GMを経験した方でないと分からないような問題について相談してきた。また総支配人は、替えがきくポジションだから、転職の際のアドバイスを頂くこともある。私の相談相手は、自分より年上でGM経験が豊富であるため、的確なアドバイスが頂けることが多く、これまで何度も彼らの助言に救われてきた。このような理由から、特に新米の総支配人は、各施設の総支配人との関係構築に努めるべきである。